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| 五洋食品産業株式会社 ☆ 舛田圭良社長 |
| 2010/04/21 |

デザートの新たなジャンル『冷凍ケーキ』。お客様の口に入る瞬間に、最高に美味しいケーキを作ろうという発想で「設計」され、2008年モンドセレクションで金賞も受賞し、話題となりました。この斬新な発想はどこから生み出されたのか、舛田圭良社長にお話を伺いました。

―ご経歴について
小さいときから「中がどうなっているか知りたい」性格で、家中に様々な機械類を分解して隠し持っていました(笑)。そうした気質が高じてバイクにのめり込み、本気でレーサーかメカニックになろうと思っていました。

大学は農学部でしたが、あるとき「自動車会社に行こう!」と決心し、工学部で授業を受けて勉強し、一般で就職試験を受けました。景気も悪くなり始めた頃で、自動車会社もレースから撤退し始め、F1に携わる夢は叶わず、ダカールラリーに参戦していた日野自動車に入社しました。

―自動車メーカーで学んだこと
最初は工場でラインに入ってひたすら組み立てを行います。ここでは部品の共通化や、どう加工したらコストを軽減できるのか、最も作業効率の良い部品の形や組み立て方、ライン配置などを学びました。
1年後エンジン設計開発部に配属となりますが、最初は雑用ばかり。ところが後年、自社でISO9001を取得したときに、あれは雑用ではなく、コピーとり、書類の作り方等、全てに通ずる重要な工程であり、その基準に則った仕組みを身体で覚えさせてもらったのだということに気づきました。ここで学んだ最先端の『設計思想』『生産管理』『もの作り』の真髄は、現在の全ての仕事に活きています。
設計部で初めて任されたのは小さなねじ1つ。すべての設計理論が詰まっている非常に重要な仕事で、これを任されたときはうれしかったですね。そして次第に「○○部品のことなら舛田」と言ってもらえるようになり、3年後、ついに念願のダカールラリーの設計部隊に任命されました。

会社の看板を背負ったこの仕事は、広告塔として責任重大で相当なプレッシャーがありました。毎日徹夜状態でしたが、各部門から選ばれた若い人たちで、チームはものすごい熱気でしたね。そして1997年トラック部門で優勝を果たし、自分の中で大きな夢を達成した感覚がありました。そしてちょうどその頃、会社の雲行きが怪しくなっていた実家の父から帰ってこないかと言われ、転職するぐらいの気持ちであまり深く考えずに戻ることを決めました。
―五洋食品産業株式会社について
父が35年前に創業した、ピザ用のナチュラルチーズ加工業の会社は、流行り始めたチーズケーキのニーズからケーキ作りも始めていました。この頃は美味しさというより利便性のために冷凍していたようでしたね。
車のエンジン設計開発という最先端の現場から実家に戻ってみると、手順もマニュアルも規定も1つない、あまりにアナログな現場に、非常に大きなギャップがありました。なんとかしようと試行錯誤しましたが、大企業のやり方を持ち込もうとしたので、完全に反発され、孤立状態が約3年程続き、余計社内の雰囲気が悪くなってしまいました。
さらに同族会社だったので、工場と経営側が完全に分断されていて情報が全く伝わらず、衛生管理等もできていなかったため、あるとき、食品の回収事故が起こってしまいます。最初は小さかった火種ですが、他社の食中毒事件が続いたこともありどんどん騒ぎは大きくなり、あっという間に返品の山に。そんな中、前社長はくも膜下出血で倒れ、反発していた従業員や身内まで全員が辞めていき、パートさん、アルバイトが数名残るだけになってしまいました。
 現在、最先端の設備の整った工場
―再起へ
営業経験ゼロの私は誰にも相手にされず、実態は破綻していましたが「破産するわけにはいかない」と銀行に再生計画を出しました。私は技術屋上がりですし、お金のことは全くわかりませんでしたが、とにかくまず、ちゃんとしたケーキを作ろうと、残ったみんなで考えました。

私のモットーは「諦めない、逃げない、くよくよしない」です。昔から何か始めようとすると、必ずといっていいほど何かトラブルが起きるのですが、不思議と助けてくれる人たちのおかげで、這い上がってこれました。このときも縁のあったお取引先が、品質管理部の方を連れて査察に来て、指摘された問題点を1つずつクリアしながら、自分の思う「食品工場のあるべき姿」を作り上げていきました。お金もなかったのですべて自分たちでやりましたが、ここでも左官や溶接など、アルバイトや趣味で培った経験が役に立ちましたね(笑)。そしてやっと「美味しい冷凍ケーキ」作りに取り掛かった頃には事故から2年が過ぎていました。

―「一番美味しい状態のケーキ」を食べてもらうために。
まず考えたのは「食べるときに一番美味しくするためには?」ということ。「作ったときの美味しさを、冷凍してもいかに保つか」という発想が普通ですが、「ゴールは出来上がったときではなく、お客様の口に入るとき。そのときに一番美味しいケーキを作ろう!」というふうに考え、口に入れるときから遡った工程を考えました。そして作った後、直ちに急速冷凍し「凍結」というプロセスが工程に含まれる、「時間を止める」製法ができあがりました。

プロのパティシエから見ると、色々と邪道なことをしているらしいのですが(笑)「美味しい」という答えはひとつだけです。だからその答えに辿り着きさえすれば、過程は教科書どおりでなくてもいいと思うんです。これはISO9001の考え方にも通じます。結局は固定概念がなかったことが、よい結果を生み出したのかもしれません。そして新しいジャンルとしての「冷凍ケーキ」が生まれ、2008年にはモンドセレクションで金賞を受賞しました。
日本国内では6,000万台の冷凍庫が普及していますが、「冷凍庫にケーキを入れる」というシチュエーションがまだまだ浸透していないなか、ケーキにない「日持ちする」「好きなときに好きなだけ食べられる」「廃棄が減ればエコロジーにも繋がる」というメリット、商品の特徴、良さを、消費者の皆さんに伝えていかなくてはなりません。そして「必要なときに必要な分だけ解凍。食べるときに最高に美味しい味になるよう”設計された”ケーキ」というコンセプト『sweets Stock!』でブランド化しました。

―今後の展望
2006年にISO9001、2009年にISO27001を取得、そして今年HACCP対応工場も建てました。次の目標は株式上場ですが、これはゼロからやり直した会社を整備し、コンプライアンスの下、オープンな「きちんとした会社」になるための「ツール」そのものだからです。いったん会社として完全にリセットした弊社はベンチャー企業と同じです。逆にゼロから自分の理想を追求できる環境になったともいえます。
 HACCP対応の新工場
今回、新工場を農産物の豊富な糸島市に移転し、食品会社にとってさらによい環境となったので、地元の農産物を使った商品開発など、地場産業、雇用の活性化に繋がればと考えています。そして小学校の社会科見学にもぜひ入れてもらいたい。日本はものづくりの国ですから、そういうものを子供たちに繋いでいきたいですね。そしてメーカーの使命として、型破りでもおもしろいもの、楽しいものを、違う視点から創りだしていきたいと思っています。
 記念式典の様子
――――――――――――――――――――――――――――――――――― ◆データ◆ ●五洋食品産業株式会社 会社概要

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