人手不足や長時間労働の常態化、資材価格の高騰など、建設業はさまざまな課題を抱えており、働きやすい環境の整備に向けた取り組みが急務です。特にDXツールの導入による業務効率化は、これらの課題を解決する方法の一つとして期待を寄せられています。
しかし、いざ導入しても、現場部門やベテラン社員にはなかなか受け入れてもらえない、管理部門と現場部門の求めている機能が一致しないなどの課題にぶつかり、社内外でも利用が進まなかったという声があるのも事実です。
今回は、株式会社飯田組のDX事例を通じて、「いかに社内外でDXツールを活用してもらうか」をテーマに、建設業における働き方改革の進め方を解説していきます。
建設業で働き方改革を実現する具体策とは
静岡県浜松市に本社を置く総合建設業である株式会社飯田組。創業以来、静岡県西部エリアで医療施設や商業施設、マンション等、さまざまな建物を建設しており、まもなく創業100周年を迎える老舗企業です。
お客様だけでなく取引先や社員の幸せを経営理念としている同社。「働き方改革についても、弊社の理念を基に進めております」と語るのは、飯田組で経理とIT推進を担う太田 航平氏です。
「働き方改革に関する取り組みは、弊社だからこそできるという独自のものはありません」と太田氏は自社の働き方改革について語ります。
では具体的に何に取り組んだのか? 具体例を三つに分けて紹介します。
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業務の上限制定による意識改革
まず飯田組が取り組んだのは残業時間の削減です。原則20時に消灯し、それ以降の業務を禁止、残業を減らすように努めています。
「建設業界ではよくあることかもしれませんが、従来は弊社内でも働く時間が長ければ長いほどいいという意識が根づいていました。しかし、法改正により残業上限が規制されるようになったこともあり、上司が率先して退社し、残業をしない風土を形成しています」
また、会議の実施時間にも制限を設けているといいます。原則、会議は業務時間内、もしくは現場の休憩時間に合わせて実施しています。
「会社にいない社員も多いので、ビデオ会議を積極的に活用し、会議のために会社に戻ってくる必要をなくしています」と、移動時間を削減することで業務時間の削減を実現していると太田氏は語ります。
業務内容の見直しと標準化
続いて取り組んだのが、従来の業務内容の見直しと標準化です。
各人が行っているすべての業務をリスト化し、その業務が必要かどうかを再検討、そして個人の業務負荷を軽減するために業務の再分配を行っています。その際に社内で作成する書類の再検討も合わせて行い、類似書類の統合・廃止を進めているといいます。
業務を再検討した上で、その標準化を進めていると太田氏は取り組みを紹介しました。
「現在は、案件ごとに営業と設計、現場監督という構成でチームを組んでいるのですが、現場担当、営業担当はそれぞれ2名以上を編成しています。ペアの配分もベテランと新人を組ませ、経験のあるベテランの仕事を新人が補佐し、一緒に経験を積んでいく形をとっています。こうした取り組みによって、営業担当ごとに仕事の質が変わらないように努めています」
また、現場監督を二人配置することで、教育の効率化に貢献しているだけでなく、休暇の取得をしやすい環境を整備できるようになったと太田氏は語ります。
「特に様々な実務経験がある方ほど、独自のやり方やノウハウを持っています。しかし、それも含めて標準化を進めなければいけません。その人の仕事はその人しかできないという属人化はできるだけ排除し、他の方でも同じように業務ができるよう、いつでもフォローができる体制を取っています」
デジタル化による情報共有、業務効率化
飯田組はDXツールの導入を積極的に進めています。主に六つのツールを目的ごとに分けて導入を進めています。
- TMS(トータルマスターシステム)の構築
- 物件情報管理データベース(FCD)の構築
- VRや3Dモデルの活用
- 全社員共有のクラウドストレージ導入
- Teamsの導入
- 書類業務のデジタル化
TMS(トータルマスターシステム)の構築
「七年ほど前から全部署が情報を共有するTMS(トータルマスターシステム)を構築しております。この中で、案件情報、スケジュール管理、会計や資金繰りなどの全社に共有調整するような情報を集約しております」
物件情報管理データベース(FCD)の構築
次に、物件情報管理データベース(FCD)を構築しているといいます。これも業務の標準化の一部としての取り組みです。土地、地主、施主を複合的に管理することで、特定の営業担当者が情報を独占している状況をなくすことを目的としています。
VRや3Dモデルの活用
飯田組では、従来は平面の図面のみで行っていた施主への提案に、VRや3Dモデルを活用しています。
「より実物に近いイメージを施主に抱いていただき、建てた後に『ちょっとイメージと違うからここを変えたい』などの手戻りを少なくするように努めています」
施主の満足度への貢献ももちろんですが、設計の段階から細かく確認をすることで修正作業が発生しないよう、業務削減にも役立っていると太田氏は語りました。
全社員共有のクラウドストレージ導入
次に全社員がアクセスできる共有用クラウドストレージの導入を進めました。従来は会社にサーバーを設置し、会社情報や過去データをすべてまとめて保管していましたが、社内にいなければ利用できないデメリットがありました。
「現場監督は現場への直行直帰が多く、営業担当はお客様と社外で打合せをすることが多いため、帳票を取りに来るために事務所に戻らないといけないという状況が発生していました。しかし、クラウドストレージを導入し、ネットさえ繋がっていればどこでも仕事ができるように環境を整備したことで、移動時間の無駄がなくなっています」
Teamsの導入
次に全社員にMicrosoft 365のアカウントを発行し、すべてのやり取りをTeamsに変更しました。
「Teamsでのチャットに切り替えたことで、やり取りが非常に簡略化しました。メールで情報共有を行っていた際は、典型的な挨拶文やビジネスマナーなど、考慮する点が多く気軽に送れないこともありましたが、そうしたことがまるっと省略されていることでスムーズに情報共有が行えます。
また、メールでは過去のやり取りを振り返るのにもスレッドを確認して、メールボックスを探してという手間がありましたが、Teamsは検索性も高く、議題がまとまっているので確認しやすいメリットもあります」
書類業務のデジタル化
飯田組は、見積・発注・請求・原価管理といった業務をデジタル化するツールの導入も進めています。従来は発注・請求業務は紙でやり取りしていた同社ですが、その方法に限界があったといいます。
「バックオフィスを効率化したとしても売り上げが上がるわけではありませんが、デジタル化をすることで、業務の正確性が担保されます。作業が属人化することなく、残業時間が減らせるので、人件費だけでもコストに見合った効果が見込めるのではないかと思います」とその重要性について太田氏は語りました。
発注・請求業務をデジタル化するためのロードマップ
太田氏は「発注・請求業務」のデジタル化が、飯田組における働き方改革で重要な役割を担っていたと語ります。
では、実際どのようにデジタル化を進めたのか、課題やその効果について、太田氏への一問一答を通して詳しく解説します。
デジタルツール導入前の業務
Q:デジタル化する前はどのような発注フローでしたか?
まず初めに、積算や施工現場監督から見積依頼をかけて、協力会社様から紙、電子郵送、FAXなどを併用して見積書を発行していただいていました。その見積書をもとに、社内で発注承認を行い、承認されたものが注文書として管理課から発行されます。こちらの注文書は「どっと原価」で作成して、紙で出力したものを取引協力会社様へ郵送しています。
発注書が届いたら印鑑と必要に応じて印紙をいただき、郵送で返送いただいていました。受け取ったものは、管理課で確認&管理をしています。
その後、工事が完了したら、協力会社より末締め&翌日からの必着で弊社の指定請求書の中で請求書と出来高報告書が一致する形になっているので、手書きで記入、郵送していただいていました。弊社では総務がそれを受け取り、現場ごとに振り分けをしたあと、現場監督がそれぞれ請求書を確認。その後上長が承認し、総務に返送し、データ入力をしています。紙の原本は取引先毎に並び替えてファイリングして保存していました。
支払い確定後は、「どっと原価」で支払通知書のサービスを利用して、PDFをメールで送信。支払処理は、「どっと原価」でデータを作成し、インターネットバンキングに振り込み予約をして、支払日に自動で振り込む流れでした。しかし、承認や回覧、振り分けや郵送など、紙ならではの課題が非常に多く、請求書が締め日までに届かないのが実状でした。

Q:一方で、原価管理システムは既にツールを導入していたと伺っています。
Excelや会計システムで管理している企業も多いと思いますが、ファイルが膨大になりますし、発注番号や現場ごとに予算を管理したいとなると、それらではカバーできない部分が多いので、専用のツールを利用しています。
ツールの導入、選定
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Q:検討はいつ頃から始めたのでしょうか? また、検討背景を教えてください。
本格的に検討を開始したのは2022年の9月ごろでした。ちょうどインボイス制度が施行される1年前で、請求書に必須の条件が定義されたタイミングです。
以前は自社の指定請求書を取引先に使用していただいていましたが、インボイス制度に対応するためには大幅な内容変更が必要だったことや、適格事業者番号の収集、管理など、従来の紙での管理には限界を感じていました。
また、それ以外にも以前から社内から注文書を電子化したいという声がありました。紙の請求書は月に約560枚届いており、それを担当者ごとに振り分ける作業と、社内で承認が終わったものをまた協力会社ごとに振り分ける、といった手作業が発生していて、それが非常に重たい負担になっていました。入力などの後工程もあるため、属人化してしまい、担当者は月初に休みが取れない状況でした。
そのため、発注業務と請求書の受領がセットでデジタル化できることを第一条件に、業務を楽にできるサービスである「BtoBプラットフォーム」を選びました。
Q:最初からデジタル化を検討していたということですが、自社でシステムを開発する案は検討しましたか?
社内でも一度検討しましたが、法令に変更があるたびにシステム開発をすることはコスト面を含め現実的ではないと考えました。
また、一部の大企業では自社でシステムを構築しているところもありますが、取引先が使用する際には利用料がかかることがほとんどです。そうした状況は弊社の理念である「取引企業の幸せ」という部分に合致しないと考えています。そのため、取引先も無料で利用ができるシステムであることも条件の一つでした。
さらに、弊社で既に利用していた「どっと原価」との連携がスムーズに行えることが条件だったため、連携実績を持っているサービスを選ぶ必要もありました。
Q:デジタルツールを導入する際、現場からの反発や上司の理解が得られないなどの障壁があると思いますが、どのように乗り越えましたか?
建築部からは発注書の電子化がしたいという要望が、経理からはインボイス対応という要望が元々ありました。お互いに紙をなくしたいという共通の課題があったので、足並みを揃えることができました。
また、システムの説明を受ける際に、実務に携わる建築部や発注管理をしている管理部の担当者が同席してサービスの説明を受けるようにしていました。例えば管理部が使いたいと思えても、現場の反発があるのでは意味がありません。最初から双方の意見を考慮しながら、良い面、悪い面も含めて選定したのがよかったと思います。
決裁を取る際も、事前に現場・経理を含む実務担当者との合意が取れていたので、それぞれの立場からメリットを説明してもらいました。
特に現場からは「出来高報告書」の負担が少ないことを、経理からは、書類を探す際にも、倉庫へ行って莫大な書類の山から一枚の書類を探すこともなくなり、データ上で検索・追跡が可能になることをメリットに挙げてもらいました。
さらに、取引先は無料で利用できること、郵送・印紙コストを減らせるので、弊社の理念と一致していることも大きなポイントでした。
ツールの稼働、利用率を上げるための社内外との調整
Q:導入が決まってから、社内での稼働の調整はどのように進めましたか?
弊社は現場監督の年齢幅が広く、18~70歳まで在籍しています。中にはパソコン自体それほど得意ではない方もいるので、「これさえできれば大丈夫」という最低限の操作だけをまとめたマニュアルを作成しました。サービスについての説明や、実際の画面を利用して、実業務に基づいたロールプレイなども実施しています。
Q:社内で電子化に取り組むことへ特に抵抗がなかった理由はありますか?
立替のレシート、スポットの請求書は経費精算アプリをすでに導入していたので、電子化の流れが元々ありました。
しかし、表に出ないだけで導入に不安や拒否感はある様子でした。そもそもデジタルの話になると途端に理解を拒否する方は一定数いるので、会社全体としての方針であることを周知しながら、まずはマニュアルを見て自分で操作して最後まで進めてもらい、完了したら褒めるという流れを徹底することでなんとか進めました。特に自分で手を動かしてもらうことは重要だと思います。
Q:社外との調整はどのように進めましたか?
サービスの導入2か月前に、支払通知書にお知らせ&お申込みフォームを記載して事前案内をしていたことで、初動77%の賛同率を実現しました。また、招待メールなど至る所から初期設定・運用マニュアルにリンクできるように徹底していました。
振込手数料を弊社で負担することや、電子化することで実現するコスト減・作業効率化についてをご説明し、電子化をすることに対するメリットに気づいてもらえるように取引先に働きかけ続けました。
また、最終的には現場監督の方から、「数枚の紙の請求書のために事務所に戻るのが面倒だから電子化したい」と連絡をもらえるようになりました。電子化が進むほど、そのメリットを強く感じてもらえるのだと実感しました。この現場からの一押しを受けて、最終的には現状の9割がデジタル化しています。
Q:協力会社からはどのような問い合わせが多かったですか?
一番多かったのは操作説明についてです。大半はマニュアルに書いてあることなので、それに従って進めてもらったうえで再度ご連絡をもらう流れにしていました。その際、取引先を想定したテストアカウントが使える環境を用意して対応していました。
次に、いつまでに切り替えなければいけないかといった時期の確認が多かったです。
また、できれば紙のまま続けたいという問い合わせもありましたが、こちらはインボイス対応用の資料を先方に用意してもらうことを条件に紙での取引を継続しています。
Q:運用中のトラブルなど、社内外で課題を乗り越えた例はありますか?
やはりPC操作に不慣れな取引先から電話で問い合わせが入ることもありました。配布しているマニュアルを「一緒に読み上げる」など、伴走しながら乗り越えました。
導入後の効果、働き方改革の成果
Q:導入後のフローはどのように変わりましたか?
基本的な流れはあえて変えていません。なるべく元々の流れを踏襲しています。
「どっと原価」で注文書を入力してCSV出力し、「BtoBプラットフォーム」にデータを取り込んで注文書を発行。協力会社が承認をすると注文請書が届きます。管理についても、「BtoBプラットフォーム」の画面から、まだ承認いただけていないもののみを絞り込めるので、そちらをチェックしています。
その後の出来高査定に関しては導入前のフローから変更があります。出来高報告書をもらったあとに出来高請求書を作成いただくことで二往復になってしまいますが、当月見込み出来高を25日までに送付してもらうように進めています。これは請求書が締め日に届かないことを避ける目的です。
請求書が届いた後は、工事番号、金額、予算番号等は既に確認しているので、照合等をする必要なく承認する流れになります。これによって経理側の負担が大きく減りました。
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Q:導入後、現場の方からシステムの良さや楽になった等の前向きな声はありましたか?
電子で出来高報告書を受け取れるようになったことで、現場監督が請求書を確認するために会社に戻ってくる必要がなくなったことは大きな変化です。会社と現場の移動に往復二時間かかっていたケースもありましたので、移動にかかるコストを時給換算してもだいぶ削減できたと思います。また、隙間時間などに確認すればよいので、月末に局所的に残業が発生することもなくなりました。
また、承認作業を行う責任者も、紙の書類の回覧や押印・出社などの物理的・時間的な制約がなくなったので仕事を進めやすくなったと聞いています。
さらに、請求状況が一覧で表示されているので、未請求の残高が把握しやすくなりました。インボイスに関しても、事前に登録が完了していて、確実に法対応できていることが前提となるため、チェック作業自体が不要になっています。
書類の管理に関しても、自動採番された請求書の番号があれば検索もスムーズにできるので、探す作業自体がなくなりました。また、ワークフローが電子化されたので、進捗ややり取りの履歴、添付資料などの請求書に付随する情報が一元管理できるようになりました。こうした情報も紐づいて検索できるようになっているので、現場の引継ぎ等も楽になりました。Q:請求書業務が削減されたとのことですが、削減した時間でどんな業務ができるようになりましたか?
締め日や月末月初に必ず発生していた残業がなくなりました。業務の集中期間が分散されて分業ができるようになったため、休暇がとりやすくなり、有給休暇の取得義務日数も容易にクリアできています。
さらに、これまでは時間がなかった、紙ではとても管理しきれなかったようなレベルの請求書の確認・管理を行えるようになりました。(発注契約の請求状況の確認、監督レベルでしか見ることができなかった詳細な明細の確認など)
まとめ
今回は、株式会社飯田組のDXツール導入による働き方改革の実例について詳しく解説しました。
建設業は、現場で働く技術者が多いので、デジタル化への抵抗感があるのも事実です。
しかし、事例の中でもあったように、従来のやり方で非効率のまま進めるのではなく、自社の課題を棚卸しして、それを解決するためのツールを導入することで、建設業の働き方を良い方向に変えることが可能です。誰でもできる環境を用意することが、デジタル化への第一歩です。
「BtoBプラットフォーム TRADE」は、パソコン操作に不慣れな方でも簡単に利用できて、働き方を大きく変えることができるサービスです。ぜひ、自社のデジタル化への第一歩として、「BtoBプラットフォーム」をご検討ください。