さまざまな事業者、組織団体、自治体において、DXへの取り組みが進められています。自治体においても、年々取り組みを充実させている自治体が増えているようです。一方で、自治体DXを推進する際に、課題となっている点も見えてきています。たとえば、市民向けサービスのDXは進んできているが、庁内の業務の効率化や働き方改革にもつながるデジタル化が追いついていない、人材や予算が不足傾向にある、などの声が挙がっています。つまり、市民向けサービスに関するDXは進んできていますが、庁内の働き方に関する環境を変革することを目指した取組については、対策が必要だといえそうです。そうした現状をふまえ、今回は自治体のDXへ第一歩ともなるデジタル化について、課題と対応策を見ていきましょう。
■ 目次
改めて自治体DXはなぜ必要なのか
自治体がデジタル化・IT化を進めるべき理由を探る前に、自治体DXの必要性とは何なのかを理解しておきましょう。考える視点は大きく分けて2つです。1つは地域間格差の是正と地方創生の視点、2つめは労働人口変化に対応する視点です。
地域間格差の是正と地方創生の視点
日本では東京圏への一極集中が進んでおり、この傾向が続くと地方におけるさまざまな課題が深刻化します。人口減少と高齢化の加速、地域経済の衰退、公共サービスの質の低下、コミュニティの弱体化、インフラの維持管理問題などが挙げられます。これらの課題に対応するため、地方においても魅力的な雇用機会を創出し、生活の質を向上させる必要があります。そのためには、地域の資源を最大限に活用し、地方の競争力を高めることが重要です。
DX推進は、これらの課題解決に大きく貢献できます。テレワークの推進による地方移住の促進、オンライン行政サービスによる利便性向上、データ分析に基づく効率的な政策立案、IoTやAIを活用したスマートシティの実現、地域資源のデジタル化による新たな価値創造など、多様な方法で地方の活性化を図ることが可能となります。
労働人口変化からの必要性
次に労働人口変化からの必要性を探ってみましょう。生産年齢人口の減少傾向は継続しています。事業者においても自治体においても、労働力不足による人材確保が厳しい状況です。また、高齢化率を見ると2025年には30%を超えると予測され、日本社会は超高齢社会が進むことを意味しています。
こうした傾向を分析すると、労働人口は減少するにもかかわらず、生活支援などを必要とする高齢者の人口は増加するわけですから、自治体においては、業務遂行に必要な人材確保ができないおそれが出てくるということです。
こうした状況を解消し、効率的に行政サービスの提供をするためにも、自治体DXの推進は重要な取り組みなのです。
自治体DXの進め方や課題と対策については、次の記事が参考になります。
自治体がデジタル化・IT化を加速させるべき理由
総務省は「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会 誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」を日本がめざすべき社会のあり方と位置付けています。では、なぜ自治体はDXを推進しなければならないのでしょうか。以下に主な理由を挙げます。
業務の効率化
自治体における業務の多くは、対人で行う業務です。また文書による情報の共有が多く、文書の保存や郵送など、手間やコストが発生しています。こうした業務プロセスにおける手間やコストを削減し、効率化を図るためには、繰り返し行う定型業務を自動化したり、オンラインでの行政サービス提供ができるシステムを導入したりする必要があります。
人材の有効活用
超高齢社会となった日本においては、人材不足は社会的な課題です。自治体においても人材の確保は難しくなることが予測されています。そうしたなか、職員の能力を遺憾なく発揮できる環境を整え、限られた人員でも最大限の業務が行えるようにすることが重要です。より創造的な作業に時間と労力を割ける状況を創り出すには、単純な業務はデジタル化・IT化によって自動化したり、AIを活用して受付業務などを削減したりすることが、今後はますます重要になってきます。
住民の利便性・事業者の活性化
現状、自治体での手続きや取引には多くの課題があります。住民は申請や届出のために何度も窓口に足を運ぶ必要があり、事業者も書類作成や提出に多大な時間とコストを費やしています。また、必要な情報を得るのに時間がかかり、サービス利用にも制約があります。DXが実現すると、これらの課題が大きく改善されます。DXが実現すると、これらの課題が大きく改善されます。オンラインによる24時間365日の手続き対応、電子入札や電子契約システムの導入、AIチャットボットによる即時の情報提供、オープンデータの活用等、住民の利便性が向上し、事業者の行政手続きにかかる負担が軽減されます。結果として、地域全体の生産性向上と活性化が期待できます。
環境への貢献・資源の有効活用
環境への配慮や資源の有効活用は自治体のみならず社会全体で対応しなくてはならない課題です。自治体の業務がデジタル化・IT化され、オンラインで行政サービスの利用ができるようになれば、紙資源の節約や廃棄物の削減が期待できます。さらに、テレワークやリモートワークが可能な体制が構築できることで、通勤や出張などに伴う交通費や二酸化炭素排出削減にも期待がもてます。
これらの取り組みにより、業務が効率化され、人材の有効活用が進みます。結果として、住民への行政サービスを行う必要のある業務に、より多くの時間や労力を割けるようになります。また、地域事業者の手間やコストを削減することで、より創造的な活動や新しい価値創造の可能性が広がります。
つまり、自治体がデジタル化・IT化を進めるのは、地域全体の利便性向上と活性化のためだといえるでしょう。
自治体のデジタル化・IT化の課題と対策
自治体がデジタル化・IT化を推進する段階で、思うように進まないケースが見られます。ではなぜ思うようなデジタル化・IT化が進んでいかないのか、原因や課題を確認しておきましょう。

組織間のデータ連携ができていないことにより業務効率が悪化している
多くの自治体において、自治体が保有しているデータは各部署で個別に設けている情報システムごとに収集・管理されていることが多く、部署間での連携が十分になされていない状況です。そのため、同じ情報であっても部署ごとに保有している内容が一致しているとは限らないケースも少なくありません。こうした同じ情報の不統一は業務をするうえでトラブルの基になります。また、どちらの情報が正しいのかを確認するために、余計な作業が増え、業務効率が悪化していることにもなります。
対策:
デジタル化・IT化を進めるうえで、部署ごとに取り組むのではなく、庁内全体を通して利活用できるようにシステムを構築することが重要です。とくに基幹系システムについては部署ごと個別にカスタマイズをせず、ひとつの情報を各部署が正しく利用できる環境を維持することも重要です。そのためには、クラウドを活用した情報の保存・管理が有効です。クラウドシステムを導入することで、データを一元管理し、必要な部署が適切なアクセス権限のもとで最新の情報を共有できるようになります。これにより、情報の不一致や重複入力の問題を解消し、効率的な情報連携が可能になります。
自治体が活用できるクラウドとしては、独自にクラウドサービス提供事業者と契約して利用するほかに、自治体クラウドがあります。自治体クラウドというのは、複数の自治体が共同で構築して活用するものです。クラウドに保管・管理している情報に対しては、自治体クラウドに参加している自治体ならルールに沿って情報にアクセスすることが可能になります。このように共通の情報システムを活用することで、自治体同士で連携した業務がスムーズに行えるようになるほか、膨大なデータを保管することもできるようになります。また、複数の自治体でクラウドを活用することで、単独でクラウドを導入することに比べ、負担コストを低く抑えることも期待できます。コストが削減できた分を情報セキュリティ強化に展開することも可能でしょう。
複数の自治体との連携のみならず、自庁内における他部署とも同じデータを活用することができるので、同じ内容の情報が複数、別々の部署に存在するようなことも防げます。
ただ情報を共有し、業務連携を進めるうえで注意も必要であることを念頭にいれておきましょう。たとえば、クラウドに保存した個人情報等が漏えいしたり不正に閲覧・使用されたりしないようなセキュリティ対策と活用マニュアルの作成・周知徹底は必ず実施しておくべきでしょう。
予算・人材が不足している
庁内における業務のデジタル化・IT化を進める場合、大きな課題となるのが人材不足と予算化の難しさでしょう。人材不足を解消することがひとつの目的であるにもかかわらず、エンジニアを含め、デジタル化・IT化を推進するための人材が確保できないために、デジタル化・IT化を進められないとする自治体は少なくありません。また、業務を変革することになるため、必要なシステムやソフトを導入することにもなります。いいかえれば、既存のプロセスでこなせていた業務を変革するために新たに予算を確保しなくてはならないわけです。先に見えている理想的な業務体制は理解しているけれど、実行する予算が組めない。そうしたジレンマを抱えがちです。
対策:
まずは、DXの全体像を描くことが必要です。その際、自治体の庁内だけではなく、地域の住民、地域の事業者が、自治体のDXによってどんな効果があるのかを考える必要があります。たとえば、コストが下がる、自由に使える時間が増える、付加価値の向上に人を回せるなど、地域全体の観点から考えることが重要です。また、DXの遅れは、地域の住民や事業者にとって大きな禍根を残すことも考える必要があるでしょう。さらに、自治体の職員が、自治体業務の効率化によって空いた時間を使い、得られたさまざまなデータを活用し、住民のために新たな政策を実行することが地域の住民や事業者にもたらす価値も含めて、DX事業の費用対効果や必要性を議論すべきだと思います。自治体内部の収支に加え、地域の住民や事業者全体から見た優先順位を付けることが必要です。
住民や事業者にとっても、操作が簡単で取り組みやすいもの、効果が確認しやすいものを優先的に選ぶことも重要です。取り組みやすく、効果が明確になれば、デジタル化・IT化の意義も庁内で共有することができ、よりスムーズに取り組める体制へと変わっていくと考えられます。さらに、効果が出ることが確認できれば、予算化もしやすくなるでしょう。
また、どうしても予算が不足している場合には交付金・補助金の活用も可能です。下記記事をご参照ください。
DXのプロジェクトマネジメント力を高める
組織のなかにDXのプロジェクトマネジメントを担える人材が不足しているとの意見も聞きます。一方で、インターネットの普及により、全国、世界から、さまざまな能力をもった人材を確保することができます。複数の自治体が共同で確保することも可能です。事業者との連携協定の締結、業務委託、顧問契約、さまざまな方法も活用し、外部人材を活用することも有効手段のひとつといえるでしょう。インフォマートにもさまざまな分野の専門家がいます。お気軽にご相談ください。
DX推進のためにどのようなスキルを持った人材を探せばよいのかを検討するなら、以下の記事も参考になります。
自治体デジタル化・IT化に取り組んだ事例
自治体のデジタル化・IT化に取り組み、効果を上げた事例を確認しておきましょう。
東京都東久留米市:BtoBプラットフォームの導入で会計事務のDX化を実現
東久留米市では、会計事務における課題解決のため、BtoBプラットフォームの電子請求システムを導入することを決定しました。この取り組みは、地域事業者と自治体双方の業務効率化を目指すものです。
主な課題として、以下が挙げられていました。
1. 地域事業者側の課題:
- 納品書や請求書の発行、郵送にかかる負担
- 入金確認の煩雑さ
- インボイス制度や電子帳簿保存法への対応
2. 自治体側の課題:
- 年間約35,000件の支出伝票処理による業務負荷
- 繁忙期の審査遅延による支払遅延リスク
- 不備による差し戻しや添付書類の紛失リスク
3. 市と事業者間の取引における課題:
- 電話やメールでのやりとりによる非効率さ
- 請求内容の誤りによる確認作業の繰り返し
これらの課題に対応するため、東久留米市は令和6年3月にBtoBプラットフォームを導入しました。導入により、見積依頼から発注、納品書、請求書の発行・授受・保管までを電子データで行うことが可能となりました。
期待される効果:
- 事業者:帳票のやりとりや郵送対応に伴う工数の削減、テレワークの推進、各種制度への対応
- 自治体:財務会計システムとの連携による入力作業の重複回避、不備による差し戻しの軽減、添付書類の紛失リスクの低減
東久留米市は、この取り組みを通じて地域全体の生産性向上と、より付加価値の高い業務への人材・資金の活用を目指しています。さらに、BtoBプラットフォームを活用する事業者を段階的に拡大し、地域全体のデジタル化の実現を目標としています。
デジタル田園都市国家構想推進交付金を活用して、電子請求システムを導入した東久留米市の事例は、以下の記事も参考になります。
石川県加賀市:RPA導入で住民異動に伴う確認作業等を自動化。
作業時間の削減によって他サービス提供の充実を図る
加賀市では、介護保険に係る業務のなかで、住民異動に伴う保険資格の付与や保険料算定のための対象者確認を職員が手作業で行っていました。かなりの時間がこの作業にとられるため、職員の負担が大きくなり、他サービスへの対応を充実させることが難しい状況でした。
この状況を解消するためにRPAを導入し、手作業で行っていた作業を自動化することを決定。ソリューションの選定においては、複数社のソリューションを比較し、機能、サポート等が優れているものを選定しました。その結果、UiPathがもっとも加賀市がやりたかったことを実現できるソリューションであると判断しました。導入した結果、介護保険と障がい者福祉の計4業務で年間321時間の削減、うち介護保険の3業務で年間159時間の業務時間削減に成功しました。
RPA導入によって手作業業務を自動化することは、単なる負担軽減に留まらず、職員により高付加価値業務へのシフトを可能とするものです。加賀市では官民協働のスマートシティ構想を推進しており、RPAの導入においても市役所独自で実施するのではなく、事業者や市民を巻き込みながら進めています。今回、RPA利用をきっかけに、デジタル化による成功体験を得たことで、デジタル化・スマートシティへの取組に対して、職員はじめ、しない事業者や住民参加も得られ、RPAの基礎知識や成果の共有もできました。そうした点において、デジタル化への取組がすべての人にとって利便性向上をめざすきっかけとなることへの認識も高めることができました。このことも大きな効果だといえます。
まとめ:地域社会の活性や住民・事業者の利便性向上に必須の自治体デジタル化は進行状況の把握と利用者へのサポートも重要
超高齢社会となった日本では、慢性的な人材不足です。また情報化が進む社会において、従来の紙帳票を活用した業務プロセスでは、利用者側も職員側も時間と労力を要します。自治体のデジタル化は地域社会への充実した適切な行政サービス提供という観点からも重要な課題です。一方、自治体だけが独自にデジタル化を進め、住民や事業者に利用を押し付けてもデジタル化のメリットは十分に得られるとはいえません。利用する側である住民や事業者のデジタル化への対応を促すための工夫も自治体の仕事のひとつだといえるでしょう。利用することへの積極性を後押しする仕組みも必要かもしれません。
また事業者に対しては、自治体がデジタル化・IT化を進めるに伴って、取引先となる事業者に対してデジタル化・IT化への対応を促し、そのメリットを理解してもらう工夫も必要でしょう。
地域全体のデジタル化・IT化が進み、より便利に行政サービスが利用できる環境へと変わるための推進力という観点においても、自治体のデジタル化・IT化は必要不可欠な最重要課題といえるでしょう。
しかし、自治体内に現状としてデジタル化やIT化に対応する即戦力が不足している場合、専門スキルを有する人材の採用や教育だけでは、急速に進化するデジタル技術に追いつくことは困難です。そのため、外部の専門ベンダーの支援を受けることが重要です。インフォマートは25年間で100万社以上のDXをサポートしてきた実績があり、充実したサポート体制を提供しています。導入前の検討段階から、予算要求申請、導入決定後のセットアップ、さらには稼働後の運用サポートまで、幅広くきめ細やかな支援を行っています。自治体のデジタル化を成功させるためには、こうした専門家の助言と支援を積極的に活用することが有効です。詳細は以下もご覧ください。
※本記事は更新日時点の情報に基づいています。
監修者プロフィール

一般社団法人 未来創造ネットワーク 代表理事
松藤 保孝 氏
自治省(現総務省)入省後、三重県知事公室企画室長、神奈川県国民健康保険課長、環境計画課長、市町村課長、経済産業省中小企業庁企画官、総務省大臣官房企画官、堺市財政局長、関西学院大学大学院 法学研究科・経営戦略研究科教授、内閣府地方創生推進室内閣参事官等を歴任し、さまざまな政策の企画立案、スリムで強靭な組織の構築、行政の業務方法や制度のイノベーションを推進。一昨年退官後、地域の個性や強みを生かすイノベーションを推進する活動を行う。